多くのサーファーたちが集った千葉県旭市の「つちや食堂」が、コロナ禍で休業したまま店の再開をあきらめた。東日本大震災では店が津波の直撃を受けても2カ月足らずで店を立て直したが、休業が長引くなか、店主・土屋さん(76)の心が折れた。閉店を知ったサーファーから、ねぎらいやお礼の言葉が続々と届いている。

 遠洋漁業に携わっていた夫の故・弘行さんが漁船員としての体力に限界を感じ、「夫婦で食堂でもやろうか」と思い立ったのが始まりだ。愛子さんが調理師免許を取り、1985年、旧飯岡町の通称・九十九里ビーチライン沿いに魚介販売を兼ねた食堂を開いた。店のすぐ前は海岸。やがてサーファーたちが朝食や昼食に訪れるようになった。

 「サーファー定食」と名付けたメニューがある。愛子さんが彼らに「何がおかずだったらうれしい?」と尋ね、焼き肉(しょうが焼き)、目玉焼き、納豆……と返ってきた答えで定食にした。「いくらだったら注文する?」と値段も決めさせた(最後は650円)。

2011年の東日本大震災では、店を大津波が襲った。柱と壁だけになり、冷蔵庫や水槽は使えなくなった。ところが――。